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― 父が守り続けた家 ―

投稿日:2026/10/10

父が生前、こんな話をしてくれたことがあります。

父は宮崎県で生まれ、小学校の途中で福岡県へ引っ越しました。

祖父は、父が生まれる前から軍人だったそうです。

そして、私が生まれた年に60歳で亡くなりました。

父の母、妹、その子どもたち、そして弟が住んでいた福岡の家。

父も小学校の途中から、そこで家族と一緒に暮らしていました。

父は二十歳前の頃には東京へ出て、塗装の職人として見習いから始め、やがて小さな会社を興しました。

自分はもう福岡には住んでいないのに、長男として、家族としての責任感からなのか、父はずっと福岡の家の税金を払い続けていました。

軍人だった祖父と建て替えもした家。

弟が泣いたときには、おぶって母乳を飲ませに、炭鉱で働く祖母のところまで連れて行ったことも聞いています。
もしかしたら父には、

**「自分が子どもの頃から暮らし、家族と過ごしてきた場所を、なくしたくない」**

そんな気持ちも、どこかにあったのかもしれません。

父の死後、福岡の家は母の名義となりました。

そして母が放棄したため、今は私のところへ……💦

どうにかしなければいけない。

そう思っているのに、なかなか簡単には割り切れません。

そこには、祖父や祖母が大切にしていた物。

写真や、思い出の数々。

父は5人兄弟の長男として生まれ、妹を2人亡くしています。

末っ子の妹は、父が19歳のときに生まれたと聞いています。

そんな家族が暮らしていた家です。

私自身が福岡の家へ行ったのは、中学1年生のときが最後。

生まれて間もない頃にあった祖父のお葬式のことも、もちろん記憶にはありません。

今はもう、誰も住んでいない。

廃墟と化した福岡の家。

それでも、そこには言葉では言い表せないほどの、

父の想い。

祖父や祖母の想い。

そして、そこで暮らしてきた家族の想い。

いろいろなものが詰まっているように感じます。

家を解体することになれば、そこにある物も、写真も、なくなってしまう。

そう思うと、ここ最近、胸がぎゅっと掴まれる感覚になることがありました。

でも……

形あるものは、いつか無くなる。

家も、物も、写真も。

いつかは、形を変えていくのかもしれません。

それでも、その人が生きた時間や、

誰かを大切に思った気持ち。

家族を守ろうとした想い。

そういうものは、形がなくなっても、消えないのかもしれないですね。

父がどうして、ずっと福岡の家を守り続けていたのか。

今となっては、もう聞くことはできません。

でも私は、

「自分が子どもの頃から暮らし、家族と過ごしてきた場所を、なくしたくない」

そんな父の気持ちが、ほんの少しだけ分かるような気がしています。

そして今、その想いを受け取った私がいます。

どうにかしなければいけないことは、ちゃんと考えていこう。

でもその前に、もう少しだけ。

父が子どもの頃に過ごした場所。

祖父母が暮らした場所。

家族が笑ったり、泣いたりしながら過ごした時間。

そこにあったものを、私はもう少し知っておきたいと思います。

形がなくなる前に。

私の中に、ちゃんと残しておきたい。

……なんて考えていたら、

「そういえば、母の実家はどうなってるんだろう(笑)」

なんてことまで、ちょっと気になってきました😂

母もまた、4人姉妹の長女。

母が生まれ育った青森の家。

そちらにも、きっと母にしか分からない思い出や、家族の歴史があるんだろうな。

家って、不思議ですね。

ただの建物ではなくて、

そこに生きた人たちの時間や、

家族の想いが、静かに残っている場所なのかもしれません。


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