父が生前、こんな話をしてくれたことがあります。
父は宮崎県で生まれ、小学校の途中で福岡県へ引っ越しました。
祖父は、父が生まれる前から軍人だったそうです。
そして、私が生まれた年に60歳で亡くなりました。
父の母、妹、その子どもたち、そして弟が住んでいた福岡の家。
父も小学校の途中から、そこで家族と一緒に暮らしていました。
父は二十歳前の頃には東京へ出て、塗装の職人として見習いから始め、やがて小さな会社を興しました。
自分はもう福岡には住んでいないのに、長男として、家族としての責任感からなのか、父はずっと福岡の家の税金を払い続けていました。
軍人だった祖父と建て替えもした家。
弟が泣いたときには、おぶって母乳を飲ませに、炭鉱で働く祖母のところまで連れて行ったことも聞いています。
もしかしたら父には、
**「自分が子どもの頃から暮らし、家族と過ごしてきた場所を、なくしたくない」**
そんな気持ちも、どこかにあったのかもしれません。
父の死後、福岡の家は母の名義となりました。
そして母が放棄したため、今は私のところへ……💦
どうにかしなければいけない。
そう思っているのに、なかなか簡単には割り切れません。
そこには、祖父や祖母が大切にしていた物。
写真や、思い出の数々。
父は5人兄弟の長男として生まれ、妹を2人亡くしています。
末っ子の妹は、父が19歳のときに生まれたと聞いています。
そんな家族が暮らしていた家です。
私自身が福岡の家へ行ったのは、中学1年生のときが最後。
生まれて間もない頃にあった祖父のお葬式のことも、もちろん記憶にはありません。
今はもう、誰も住んでいない。
廃墟と化した福岡の家。
それでも、そこには言葉では言い表せないほどの、
父の想い。
祖父や祖母の想い。
そして、そこで暮らしてきた家族の想い。
いろいろなものが詰まっているように感じます。
家を解体することになれば、そこにある物も、写真も、なくなってしまう。
そう思うと、ここ最近、胸がぎゅっと掴まれる感覚になることがありました。
でも……
形あるものは、いつか無くなる。
家も、物も、写真も。
いつかは、形を変えていくのかもしれません。
それでも、その人が生きた時間や、
誰かを大切に思った気持ち。
家族を守ろうとした想い。
そういうものは、形がなくなっても、消えないのかもしれないですね。
父がどうして、ずっと福岡の家を守り続けていたのか。
今となっては、もう聞くことはできません。
でも私は、
「自分が子どもの頃から暮らし、家族と過ごしてきた場所を、なくしたくない」
そんな父の気持ちが、ほんの少しだけ分かるような気がしています。
そして今、その想いを受け取った私がいます。
どうにかしなければいけないことは、ちゃんと考えていこう。
でもその前に、もう少しだけ。
父が子どもの頃に過ごした場所。
祖父母が暮らした場所。
家族が笑ったり、泣いたりしながら過ごした時間。
そこにあったものを、私はもう少し知っておきたいと思います。
形がなくなる前に。
私の中に、ちゃんと残しておきたい。
……なんて考えていたら、
「そういえば、母の実家はどうなってるんだろう(笑)」
なんてことまで、ちょっと気になってきました😂
母もまた、4人姉妹の長女。
母が生まれ育った青森の家。
そちらにも、きっと母にしか分からない思い出や、家族の歴史があるんだろうな。
家って、不思議ですね。
ただの建物ではなくて、
そこに生きた人たちの時間や、
家族の想いが、静かに残っている場所なのかもしれません。
― 父が守り続けた家 ―
投稿日:2026/10/10
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